「ワーキングマザーの尻拭いをしているかのよう」

「彼女たちの残した仕事の後処理を押し付けられている気分になる」

「いいな。私だって途中で帰りたい」

このセリフ、職場の女性の声として時折耳にします。彼女達は単に愚痴を言っているわけではなく、本気でストレスに感じ悩んでいるようです。

正直、この気持ちわからなくもないです。思い起こすと、私も妊婦さんやワーキングマザーに対して以前は偏見がありました。

母親になるまでは、自分の頑張り次第で何事もコントロール可能と考えていましたから、その物差しで世界を見ており「頑張りが足りないのでは」「甘えているのでは」という思いが微かによぎることも正直ありました。

また女性が育児を背負うことに疑問もなく、特に深く意識をしたことがなく(←これこそ無意識バイアス)、

その上、仕事は「プロフェショナルの集まり」であるため「仕事」に「プライベート」は持ち込まず、母親であろうとどんな立場であろうとうまくやる術をみつけるべき、と考えていました。(なんて無知で時代遅れな思考だったことかと我ながらびっくりです。苦笑

「社会で活躍」といった観点では、男女問わず女性に対するバイアスの方があることが明らかになっています。更には、私たち女性の方が女性に対するジェンダーバイアスを持っていることも、様々な調査結果で明らかになっています。

今年3月に国連開発計画(UNDP)が発表した調査結果からも、男女問わず世界の約90%が「女性に対して何らかの偏見を抱いている」ということが明らかになりまた。同調査では、男女の50%は「女性よりも男性のほうが政治指導者に向いている」と回答し、「男性のほうが企業幹部に適している」という回答も40%を超えています。

また、2003年コロンビア大学のビジネススクールで実施された有名な「*ハイディ・ハワード実験」があります。その実験結果では、女性に対する無意識バイアスから、有能な女性は好感度が低いということを明らかにしています。

その他、ボストンの作家キャサリン・ニコルスさんは、書き終えたばかりの原稿を、本名(女性名)と男性名でそれぞれ同じ数だけ出版エージェントに送った際、男性名で送った時の方が好反応であり、また男性名で書かれた原稿の方を「有能な作家」と評価したのは主に女性エージェントだったという事例もあります。

これらの結果からも、

「私たちの無意識バイアスにより、社会で女性は認められにくいこと、また認められたとしても、有能な女性は社会から嫌われがち」ということが言えます。

もちろん全ての次元で、このケースが当てはまる訳ではありませんが、大きな傾向としては存在していることは明らかです。

「女性に対する無意識バイアス」が女性達へネガティブインパクトを与えて、社会での活躍を制限していることを実証する調査は、他にも数多く存在しています。

この「無意識バイアス」は女性だけに限らず、人権を考える際に必ず出てくるものであり、誰にもでも存在するもの。

*無意識のバイアス ― Unconscious Bias ―」とは、誰もが持っているバイアス(偏見)のことです。育つ環境や所属する集団のなかで知らず知らずのうちに脳にきざみこまれ、既成概念、固定観念となっていきます。バイアスの対象は、男女、人種、貧富などと様々ですが、自覚できないために自制することも難しいのです。無意識のバイアスは色々な判断をする過程において便利なショートカットの役割を果たします。特に、下記に事例として挙げたように、採用や昇進人事の場では、無意識のうちに「バイアス」が働き得ることが示されています。それでも、私たちは「無意識のバイアス」がいつ、どのように現れるかを知ることで、「評価や判断」にあたってその影響を最小限に抑えることが可能です。出典:男女共同参画学協会連絡会

これ自体は決して悪いことではありません。

むしろ人間の学習能力や、サバイバル能力であると思っています。

ですが、これに気づかず絶対的な価値観として差別や人の可能性を制限してしまったり、人権を奪ってしまったり、人々を分離させる要素として作用することがよくないのです。

「ダイバーシティー&インクルージョン」「L B G T Q」「女性活躍」という観点では、これまでの男性優位社会で築き上げられたジェンダーバイアスのかかった価値観を絶対的価値として評価していることが「ジェンダー格差」(*「男女格差」ではなく敢えて「ジェンダー格差」と言います)といった分離を生み出す大きな要因であると言えるのではないでしょうか。

「女性は大変なのだ!」「男性はいいよね!」といった対立的な視点では決してありません。

強調したいポイントは、

「私たち誰しもがジェンダーに対する無意識バイアスを持っていることに気づき、認めること。また日々それを意識し常に自分の物差しを疑ってみること」です。

海外で活動する多くのフェミニスト達や研究者達も、自分たちがジェンダーに対する「無意識バイアス」を持っていることを認めています。

個々のこういった意識が、お互いを受け入れ認め合う「真のダイバーシティー」を築く大事な一歩であると私は考えています。

人生100年時代。

年齢、ジェンダー問わず、全ての人間に活躍の場があり、生涯いきいきと安心して活躍し続ける社会へのヒントとは、制度や国のリーダー以前に、個々のこういった認め合う意識こそ大事なのではないかと考えます。とても簡単なようで、難しい。

また以前の私のように「ワーキングマザー」を一括りに勝手なステレオタイプで捉えた見方は「偏見」そのものです。ワーキングマザーであろうと十人十色。当然ですがみな異なる価値観を持っています。

先ほどの例で言うと、仕事を任せる立場になったワーキングマザーの中には「今は甘えてしまえ」「他の仕事で絶対に恩返しする」「やってもらって当たり前」「申し訳なさで苦しい」「サポートしてもらえてありがたい」「甘えと見られたくない」「人に迷惑かけたくない」「歯痒い」「もっとできるはずなのに」などその人それぞれの考えを持っています。

また自身の経験や、多くのワーキングマザーと会話してきた上で思うのは、ワーキングマザー達は、平然を装っていますが、家庭でも職場でも大なり小なり、どこか常に罪悪感を感じており、自分を過小評価している方が多いということです。

また唯一確かなことは、仕事が早く上がれたからといって、ワーキングマザーたちには「楽」は許されていません。子供に手がかかる年頃であれば、多くの母親たちは一人になり解放される時間などほとんどありませんから。

今回のような不満の声が上がるケースはそもそも、ジョブディスクリプション(職務記述書)があり業務範囲も明確な傾向にある外資系企業では、あまり起きないケース。(*逆にいうと成果主義の外資系企業では誰も仕事をカバーしてくれませんので別の問題は出てきます

一方で、日本企業など、メンバー全員で仕事をカバーし合い進める文化のある組織ではあがりがちな不満の声です。きめ細やかに目が行き届いてしまう「優しい人」がいつも負担を背負ってしまったり、上司からの「やっておいて」の一言で自分の業務も手一杯なのに仕事を押し付けられてしまったり・・・。というありがちなパターンです。

このような組織にまず大切なことは、マネージャー自身もバイアスがあることを理解した上で、ワーキングマザー含め、各メンバーに耳を傾けしっかりとコミュニケーションを図ることです。「無意識バイアス」についてもチーム内で共有しリテラシーを上げておくと良いでしょう。多忙な部署でも敢えて各々との対話の時間を設けることを推奨します。なぜならこういった精神面でのフォローこそが、チームのモチベーションに大きく影響し、長期的視点で生産性もアップするからです。

またこれは主観ベースの予測ですが、

男性が、ワーキングマザー同様に「育児」と「仕事」の両立を背負い時短を活用し、業務を他に任せないといけない立場にあった場合、きっと周囲からは「男性なのに偉いね」「大変そうだから、助けてあげて当然」と言った感心や労りの声の方が上がるのではないかと考えます。

なぜなら、育児に積極的に参加しているパパ達の姿を職場で見かけると、周囲から感心の声が上がったり、私自身もパパ達が朝保育園へ子供達を送る姿を目撃すると、自然と「偉いな」という感情が湧き上がります。(これも無意識バイアスの影響です

母親は育児をやって当たり前な文化が根付いているため、子供の送り迎えを一回したからといって誰も感心してくれませんよね。私もいちいち母たちに対して、偉いと感心していません。

ですから、仮に今回のケースのような不満の声を自分自身が職場で感じていたら、まずは自分の色眼鏡を点検してみてください。

また、もしそれがあまりにもあなたの負担やストレスになっている場合は、恐れずに勇気を出して、上司、あるいは信頼できる誰かに素直に相談してみてください。すぐに解決に至らないかもしれませんが、その声を適切に届けることが何よりも大切です。ワーキングマザーにとっても、あなたにとっても健全な策が必要です。

日本は特に「男女格差」があり世界的にも制度や価値観が遅れてしまっているため、その文化に根付いた「無意識バイアス」があり、今の日本社会で女性が活躍するにあたり、心理的弊害は多い状況です。

政府が掲げる「全ての女性が輝く社会」は例えハード面である「制度」が整ったとしても、国全体の意識に変化がない限り、女性達のソフト面である「思考や意識」は追いつかず、永遠に絵に描いた餅となるでしょう。

だからこそ、この「無意識バイアス」に誰もが気づき、個人の意識変化がとても大事な一歩であると考えています。

先日ワーキングマザーへの不満の声を聞く機会があり、改めて振り返ってみると、私自身も以前はワーキングマザーへの偏見を持っていたことを思い出したため、今回こういた記事を発信してみました。

当時の私にこの視点を共有したいと思ったからです。きっと、こういった記事を当時読んでいたら、「無意識バイアス」を知り、視野を広げ、少し遠い存在の他者に対しても、受容的な視点でいられたのではと思っています。

With love,

佐藤 圭子

*ハイディ・ハワード実験: シリコンバレーで成功を収めた女性の起業家ハイディ・ロイゼン(Heidi Roizen)をケース・スタディとして取り上げました。あるクラスにはHeidi(彼女の名前)で、そして別のクラスにはHoward(男性名)に変更し取り上げました。最後にこのケース・スタディで紹介されていた人物の「能力」と「好感度」を生徒に聞いてみたところ、「能力」は、Howard(男性名)もHeidi(女性名)も差はなく「有能」と評価。「好感度」は、Howard(男性名)は「好ましい同僚」とみなされたが、Heidi(女性名)は「一緒に働きたくない」「経営者だったら採用しない」と評価。

コメントを残す